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高齢者を対象にした新価値創出を目的にしたプロジェクトのデザインプロセス設計・伴走/ パナソニック ホールディングス株式会社

2022/4/29

 

Outcome

パナソニック株式会社でイノベーションの推進を行うくらし基盤技術センターが実施する、高齢者を対象にした新価値創出を目的としたプロジェクトに筆者が参加。パナソニック株式会社と株式会社PRISMとともに、定量・定性両側面からのリサーチ、リサーチ結果からのアイディエーション、アイデアのプロトタイピングを実施。4ヶ月間のデザインプロセスで、高齢者のインサイトを捉えたアイデアを複数のプロトタイピングを実施することで創出。

 

Outline

4ヶ月間で大きくスプリントを2回実施するスケジュールを策定。スプリント1では、高齢者インタビュー・専門家インタビューで定性的なデータを集め、KJ法を用いて分析を実施。また、並行してウェブアンケートを行うことで定量的なデータも集め、相関分析やクラスター分析を実施。その結果を踏まえて、100を超えるアイデアを創出し、その中から複数アイデアのプロトタイピングを並行して実施。その後、スプリント2で、さらに複数回のプロトタイピングを実施した。

 

Detail

プロジェクトの目標は、ユーザーが抱える課題をクリアにし、その課題を解決するアイデアを4ヶ月程度で策定、その後のアイデアをブラッシュアップしていく活動につなげることでした。つまり、プロジェクト開始時点ではユーザーである高齢者の課題もわからないため、当然提供するべき価値も明確ではありません。価値の状態によるプロトタイピングの分類では、まだユーザーにとっての価値はまったく見えていない状態です。この状態から、4ヶ月間である程度ユーザーに提供する価値が明確な状態に持っていく必要がありました。

 

 

 

価値の状態によるプロトタイピングの分類における目指すべきゴールの状態

 

そこでまずは、ターゲットである高齢者への理解を深めるためにリサーチを行い、ユーザーの課題を特定し、その課題を解決するアイデアを創出、その後アイデアをプロトタイピングするアプローチとしました。プロトタイピングにおける「早く・安く・何度も・並行して」の考え方を活用し、4ヶ月で大きくスプリントを2回実施するスケジュールを策定しました。

 

ユーザーの課題と、課題を解決することにより得られる価値を見つけるためのリサーチと分析

まず、チーム内での現状の認識をすり合わせるため、デスクリサーチや、ペルソナとカスタマージャーニーの制作を行いました。この時点でのペルソナやカスタマージャーニーは、プロジェクト開始直後のため、非常に粗いものしかできないのですが、α版としてチームの中の認識をすり合わせる効果があります。

そして、ターゲットの高齢者についての理解を深めるためにインタビューによる定性調査、インターネットリサーチによる定量調査、チーム内の探索的なダーティーエクスペリエンスプロトタイピングを実施していきました。

 

◆ 定性調査:専門家・高齢者インタビューとKJ法による分析¥

定性的な調査として、地域包括支援センター勤務者や理学療法士、高齢者向けの実証実験経験者や研究者などの専門家と、当事者である高齢者を対象にインタビューを実施。高齢者を取り巻く社会的な構造や、その構造の中で高齢者の方々が何を感じ、何を思っているかについて解像度を高めていきました。このインタビューの内容はすべて逐語でとり、30~50文字程度に編集をしてポストイットに書き出し、オンラインホワイトボードツール上に貼り出していきました。そしてそれらの大量の発言を、似た傾向があるものでグルーピングをし、グループの名前をつけることで、高齢者についての認識していなかった「気づき」を抽出していきました。
※文化人類学者の川喜田二郎がデータをまとめるために考案した手法であるKJ法を簡素化したもの

 

発言の一部と発言のグルーピングによる気づきの抽出

 

◆ 定量調査:インターネットリサーチを活用した相関分析やクラスター分析

定性調査を行いながら、定量調査として、並行して高齢者を対象としたインターネットリサーチを実施しました。このインターネットリサーチでは、家族と会う頻度やコミュニケーションに関する事柄などについて質問し、サンプルを回収。回収したデータを単純集計や相関分析にかけて、データ全体の傾向を把握しました。この結果から「女性は社会的な交流に不満を覚えると、新しい人との関わりを求め外出をする。配偶者と暮らすことでさみしさはまぎれるが、社会的な交流が満たされるわけではない」などの気づきを抽出していきました。
また、データをいくつかのクラスター(集団)に分けることができる分析法であるk-means法を用いてデータをクラスターに分類、ターゲットである高齢者がどのような傾向を持つクラスターに分類されるのかを明らかにしました。

 

◆ 探索型プロトタイピング:チーム内での高齢者の感覚の体験

さらに、本プロセスでは探索的なプロトタイピングとして、高齢者の感覚を理解するためのダーティーエクスペリエンスプロトタイピングをチーム内で実施しました。この探索的なプロトタイピングは、1章のプロトタイピングの実例で紹介した「交通機関の乗車体験プロトタイピング」のようなもので、実際に体験することで気づきを得たり、コンテクストを理解するためのプロトタイピングです。探索的なプロトタイピングについては1章の[Notes for Advanced]で一度ご紹介していますが、まだ価値が見えていない状態で、価値を探すために実施するプロトタイピングで、プロジェクトの最初期段階で実施します。
この探索型のプロトタイピングとして、VRツールを活用して認知症の状態を体験。さらに「高齢者疑似体験セット」を通じてターゲットの身体的な機能がどのようなものであるかを体験しました。これにより「身体的な機能の制限が精神的な要素に対しても影響を与えるという気づきを獲得。また、チームの中で高齢者の身体的な機能に対する共通の認識を得ることにつながりました。

高齢者疑似体験セットを使用するチームメンバー

 

◆. 各種リサーチの統合:ペルソナとカスタマージャーニーのアップデート

そして、定性リサーチで実施したインタビューの結果と、定量リサーチで分類したクラスター、探索型プロトタイピングでの体験を踏まえて、最初に策定したペルソナとカスタマージャーニーをアップデートしていきました。この時点で、定性データと定量データから高齢者に対するチームの理解はプロジェクト開始時と比較して圧倒的に深くなっているので、ペルソナとカスタマージャーニーの精度も高くなります。

 

リサーチ結果からのアイディエーションと並行プロトタイピング

リサーチを行った結果から、ターゲットである高齢者はどのような課題を抱えているのかを検討していきました。そして、特定した課題を解決できる問いの形に変換していきます。例えば、「どうしたら移動の総量が増えると孤独の総量が減ることを認識できるだろうか?」などです。このような問いを解くかたちでアイデアを考え、約100点のアイデアを創出。そしてその中から10アイデアほどを抜粋。その上で評価軸である「ペインへの対応性」「新規性」「実現可能性」などを踏まえて選定していきました。その上で選定した4つのアイデアを並行して、ユーザーがアイデアの価値を体験できるようなプロトタイピングを実施していきました。
以上が1回目のスプリントで、2回目のスプリントでは、新しい問い、問いから創出されたアイデアを考え、再度3つのアイデアを並行してダーティーエクスペリエンスプロトタイピングを実施しました。
つまり、本デザインプロセスでは1回目のスプリントで4アイデアのプロトタイピング、2回目のスプリントで3アイデアのプロトタイピングを並行して実施しています。並行してプロトタイピングをした理由としては、プロトタイピングを実施した時点では、リサーチを通じて解決するべき高齢者の持っている問題や課題は特定できていたものの、どのように解決するかのHowであるアイデアは絞れていない状態です。この時点で解決策であるアイデアを1つに絞ってしまうと、そのアイデアが問題を解決することにつながらなかった場合、また振り出しに戻ってしまいます。そのため、アイデアを複数並行してプロトタイピングすることで、アイデアのピボットをしやすい状況にすることが可能です。そして、複数並行してプロトタイピングをするためには、それぞれのアイデアをプロトタイピングする際に「早く・安く」実行することで工数の削減をしていく必要があります。

 

デザインプロセスにおける各手法とプロトタイピング

以上のように、本プロジェクトにおいては当初、ユーザーの抱える課題と価値が見えていない状態でした。そのため、課題と価値を探るため1ヶ月半程度の時間を費やしています。これは、ユーザーである高齢者の状況や持つ課題を我々プロジェクトチームがそこまで理解していなかったため、その理解に時間をかけた方が、より正確な価値の導出につながり、結果として再度課題と価値を見つけ直すよりも「早く」なると判断したためです。
基本的に、プロトタイピングは「価値」から考えていきます。その価値を見つけるためのアプローチとして、定性的なインタビューもあれば、定量的なインターネットリサーチもあれば、探索型のチーム内ダーティーエクスペリエンスプロトタイピングもあるのです。それぞれ、インタビューやインターネットリサーチやダーティーエクスペリエンスプロトタイピングなど、手法の名前は異なるとしても、実施することでユーザーの理解を深めて気づきを得て、課題を見つけアイディエーションにつなげる。そして価値を見つける、という目的のもとでは同じ役割を果たします。そして、価値がある程度見えたらその価値を具体化するようなプロトタイピングを実施していきます。その際には、「早く・安く・何度も・並行して」行うことが重要です。

 

“価値を探索している段階で、複数のアイデアを並行してプロトタイピングするのは初めての試みだったが、プロトタイピングとしてかなりうまくいったことを実感している。それぞれのアイデアの根底にあるユーザーの課題へのアプローチは同一なため、一つのアイデアを深堀するよりさまざまな領域を探索することができ、良いピボットにつなげることができる。”
“チーム内でのダーティーエクスペリエンスプロトタイピングにおいて、高齢者の身体的な環境を体験することで、独特な孤独感を肌感覚を持って理解することができた。このエモーショナルな感覚の理解があることで、高齢者向けのサービスを心理状態まで踏み込んでデザインできるところにつながる。”

パナソニック株式会社 くらし基盤技術センター 担当者